・<県政に対するご意見をください>   あて先は tokoiy@atlas.plala.or.jp
このコ−ナ−では、常井洋治が、「日々の活動」、「最新の県政情報」、「身近なできごと」や「新たな感動」などについて、皆様に発信します。
また、皆様から、県政に対するご意見やご提言をいただき、常井洋治がコメントさせていただきます。
そして、常井洋治と皆様の、双方向の「県政ほっとコ−ナ−」にしたいと考えています。

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(2005.4.4)
■冨田勇先生著「ソ連国軍奇襲攻撃と激戦、そして停戦、捕虜の体験」より(N0.124)

<写真:シベリア抑留の思い出を語る富田先生>
 友部町に住む冨田勇先生は、長く教職を務められ83歳になる現在もかくしゃくとして自ら車の運転をして多方面で活躍中です。教え子たちには、熱血先生として慕われ、県内の赴任地での同窓会には今でも数多く招待されています。
 私は、直接の教えを受けてはいませんが、いまでは、教え子のように親しくさせていただいております。先生は、シベリア抑留の経験があり、授業でもロシア語も交えながらその状況を語り、教え子は、ためになったと口々にその思い出話をします。
 冨田先生がまとめた、表記の手記から、一部を紹介します。
「私は、昭和19年(1944年)10月23日、琿春(こんしゅん・旧満州のロシア、北朝鮮国境の町)の軍師の命により琿春国民学校(日本の将校、会社社長、医者、軍属の子弟の学校)の教員として勤務することになった。そして4年生(男女58名)の担任となり、11ヶ月担任した。<当時20歳>
 この児童たちは、すべての面で実にすばらしい児童で、私は楽しい毎日だった。このような児童だったから、国家そして国民のためになる人間に養成したい考えがあって、夏休み(昭和20年8月8日〜10日)を利用して男子だけを宿泊させて「試胆会」を計画した。
 その時、8月9日午前3時頃日ソ中立条約を破ったソ連国軍の奇襲攻撃があり、私は、児童との別れを惜しみながら部隊に戻り、直ちに戦闘に加わり、戦車砲、機上掃射、自動小銃との激しい、激しい戦いが続いた。
 隊長は、最早これまでと兵に玉砕を命令、8月18日午前1時、爆雷とともに戦車に体当たりせよと言い、兵のすべてはそれを誓った。ところが停戦の報により、ソ連国軍によって武装解除され囚われの身になった。」  (中略)
 「これからが想像もつかない酷い酷い行軍が続けられた。昭和20年9月25日から10月5日まで10日間、約400キロメートル。ソ連軍と闘った部隊だったので、数千名は戦車、機関銃、自動小銃に威嚇されながら、行き先不明の行軍であった。この間は、1日1食だけで、1回も入浴していない。
 ソ連兵の暴行を受けながら、酷暑の中、泥水を飲んでのどを潤し、夜は路上にそのまま雑嚢を枕にしたが、近寄ってくる狼におびえながら安眠などできるものではない、死の行軍だった。ソ連国は、強制連行だ、まさに拉致である。
 ソ連国による強制連行者数60万人、捕虜生活中の死亡者数は6万人であった。6万の友は、空腹(腹4分の食糧)、極寒(ー30度)での外の重労働、伝染病、そしてシラミ等に苦しみ耐えきれず、祖国日本を夢見つつ息を引き取っていった。友の一人が、私に『早く日本へ帰って白米と味噌だけでいいから腹いっぱい食べたいよ』と語っていた。その友は、翌朝私の隣の毛布の下で冷たくなっていた。私は、激憤した。」
 冨田先生のシベリア抑留中の話によく出てくるロシア語に「ニー・ラボータ」があります。『なぜ働かない。働け。』という意味だそうです。先生自作の短歌風の一首を紹介します。
 空腹と寒さに耐えて4年間耐え生き貫きそして祖国 (昭和24年10月)

 

(2005.3.28)
■新「笠間市」の振興方策について勉強会を始めました。(N0.123)

 新「笠間市」の合併申請が県知事あてに提出された日に、その地域の今後の振興策を模索する勉強会が開催されました。これは、私が、以前から望んでいたことがやっと実現したものです。
 メンバーは、県企画部、農林水産部、3市町の企画担当課長らで、今回は、株式会社常陽産業研究所のフェロー久保田時治氏を講師に迎えました。久保田氏からは、「地域経営資源」とも言うべき、地域の資源再発見を通して活性化に結びつけることの重要性が話されました。
 新笠間市の地域は、今後も水戸市を中心とした大水戸ゾーンの周辺ゾーンとしての発展方向を考えていくべきとの指摘がありました。また、主要課題である友部町の県畜産試験場跡地の利用に関しては、「健康医療福祉コンプレックス」として、桜の郷、水戸医療センター(旧水戸国立病院)、県立中央病院・友部病院とともにその中心地として考えていくべきだと提案されました。
 私も、一般質問で同旨の考え方を示してきたことから納得できるものでした。民間の福祉健康系の企業や施設の集積を図るべきだと思っています。また同氏は、畜産試験場跡地という沿革を生かす意味でも、福祉と連携したアニマルセラピーのようなものを考えてはどうかと提案しました。
 私も、歴史のある畜産に関係するものを残したいと常々思っていたところです。私が子供の頃は、羊も沢山いたところですので、馬や、牛や、いろいろなゆかりのある動物とふれることで人が癒されるような仕掛けも大事だと思っています。
 幸い友部町には、畜産試験場のOBが沢山いますので、そういう方にもうひと働きしてもらうことも考えられます。これらの考え方を含めて、地域の知恵をいっぱい聞いていくことが重要です。今後とも。地域の方々の意見を聞く仕組みづくりを求めていきます。
 今回の久保田氏の講演は、広く「県央地域の地域づくり展望」をベースにしていましたが、その説明の仕方、アナウンスの仕方は、非常に分かりやすく私や県民にも説得力があり、自分の住む地域に自信と誇りを感じることができるようなものでした。
 わが県の知事もこのような話し方をすれば、知事としての評価があがるのではないかと言ったところ、同氏は「それじゃ私が知事選に出ましょうか」と答えていました。それもまた、一案かもしれません。いずれにしても県の役人みんなが見習うべきものでしょう。

 

(2005.3.28)
■新「笠間市」の合併申請書が知事に提出されました。大きな節目を越えました。(N0.122)

<写真:3市町長・議会議長・県議会議員と橋本知事。私は、左端です。>
 笠間市・友部町・岩間町3市町の合併申請書が、合併特例法の法定期限である今月末を目前にして、ようやく県知事あてに提出されました。これによって、国や県の財政支援が受けられ、合併特例債の発行が認められることになります。
 思えば、13年の当初に、内原町、七会村を含めての広域行政のあり方を検討し始めてから、約4年の月日が経過しました。途中、合併の枠組みが変わった経過もあり、大変な紆余曲折がありました。今日を迎えて、ほっとしているのが正直のところです。
 合併に熱意を持って取り組んできた、住民の皆さんや関係者の皆さんのご労苦に感謝するとともに喜びを分かち合いたいと思います。私も微力ではありますが、当初から一貫して、合併を成就するために働いてきたつもりです。
 今後は、来年3月19日の合併に向けて、細部の調整が進められます。今後もいろいろな苦難があるかもしれませんが、なぜ合併を選択をしたかの原点をしっかりと踏まえていけば必ず乗り切れると考えています。私は、何よりも「国や県の財政危機の中で、地方分権を進め、自立した地域間競争に打ち勝てる市を目指して、その財政基盤を確立する」ことこそが、原点であると思っています。

 

(2005.3.21)
■県立中央病院産婦人科での予定分娩休止の波紋ひろがる。知事はどう答えるか。(NO.121)

 標題の件については、このコーナーN0.117で取り上げました。地域住民や県民に衝撃と不安感が広がっているようです。その後同病院の医療従事者の方からメールが届きましたので、掲載します。原文のままです。
知事はじめ、関係者の考え方が届けば、皆さんに報告します。
【医療従事者からのメール(05.3.20付)】
 返信メールをありがとうございました。
実状は理解しました。医者が不足していることは、どうにもできないことでしょう
か。
現場では、妊婦さんたちの分娩予約を断るたびに妊婦さんと助産師と涙を流しなが
ら、どうしようもない状態で他の病院を探しているそうです。この近辺には、妊婦さ
んのニードを満たすことができうる病院はないといっても過言ではないということで
す。特に、中央病院産婦人科のリピーターの女性たちは、行き場を失っています。出
産はデリケートです。なれた環境で出産したいというのが、女性たちの本音です。
町内のある病院では、パンク状態だということを聞きました。
また、医者募集内容が、中央病院のホームページにありました。深刻に考えているな
ら、なぜ県のホームページで掲載しないのでしょうか。
看護学生の実習場所を確保したとはいっても、教育の質的には実習期間が短縮され、
ただ体験したというレベルに下げざるを得ない状況です。出産の場での実習をする目
的として、自らの母性性や父性性を養うということがありますが、養うことすらでき
ません。それらのことを分かっていただきたいと思います。
【−以上。ここまでです。】

 

(2005.3.19)
■(新)笠間市への合併で住民説明会が開催されました。(N0.120)

 笠間市・友部町・岩間町合併協議会主催の住民説明会が、本日3市町で一斉に各2回ずづ開催されました。合併協を立ち上げて初めて、住民に経過を説明し、意見を聞く場です。私は、当初からなるべく早い時期に実施するよう求めてきましたが、やっと実現しました。
 私は、岩間町と友部町に各1回委員の立場で出席しました。参加者は、両町とも、2回合わせて100人前後だったようです。予想より少ないように感じました。
私が出席した中での、住民の皆さんからの質問や意見の主なものは次のとおりです。
@ 知事の呼びかけになぜ応じたのか。
A 地区ごとの説明会は実施しないのか。
B 老人クラブなどの取り扱いはどうなるのか。
C 人口が2000人増える根拠は何か。
D 手数料や使用料が便乗値上げにならないようにすべきだ。
E 3市町に財政格差があるが、どう調整していくのか。
F 友部町駅前町は、どういう町名になるにのか。
G 友部学の展開はどうなるのか。
H 駅名はどうするのか。
I 「宍戸」という町名を新たにつくれないか。
J 合併のメリット・デメリットは何か。
K 新市役所になる友部町役場周辺の交通混雑対策が必要だ。
L 財政計画で特別会計の見込みはどう考えているのか。
M 合併特例債発行可能額320億円と発行予定額130億円の根拠は何か。
N 合併時には、旧3市町職員の大幅な人事交流をすべきだ。
O 合併協議の情報公開はどうしているのか。
 合併協議会の議論は、公開されており、傍聴が可能ですが、今後とも時期をとらえて、進捗状況について住民に説明し、意見をできる限り取り入れる姿勢が大事だと思っています。

 

(2005.3.19)
■祝 友部高校演劇部が、全国大会出場!(N0.119)

 同校演劇部は、「平成17年度全国高等学校総合文化祭演劇部門」=全国大会に出場することになりました。関東大会で優秀賞を受賞し、他のブロック代表の11校とともに、7月29日から青森県八戸市で開催される全国大会に出場します。本県勢としては、初めての快挙です。
 私も、長男が高校時代に演劇をやっていたことを思い出しながら、記念公演を見てきました。演目は、「トシドンの放課後」。高校で、別室登校を続ける男の子平野君の部屋に校内謹慎をすることになった女の子茜がやってきて何ともほのぼのとした交流が生まれる。トシドンは、茜の出身地の島に伝わる伝説の恐い鬼の名。
 キャストは、その二人のほかに女教師役の3人だけ。その他7人のスタッフが支えます。
2人の素朴な語りが観客を引きつけます。現代の高校生の実像にふれる題材とその語り口の妙味が、きっと高い評価の対象になったのかも知れません。
全国大会では、優秀賞4校が選ばれ、国立劇場での公演がされるそうです。今回の公演終了後、演劇部全員で、観客を見送る姿に、さわやかさを感じました。ぜひ顧問の来栖先生の指導のもと、がんばってほしいものです。応援しています。

 

(2005.3.12)
■新「笠間市」への合併期日は、18年3月19日。笠間・友部・岩間の第3回合併協が開催され、新市建設計画などを協議しました。(N0.118)

 今回は、岩間町の海洋センターで開催されました。傍聴者は、前2回より少なく感じました。
 合併の期日は、3市町長の協議で決めることになっていましたが、18年3月19日に決定された旨、報告がありました。一番早く任期満了を迎える岩間町長の任期最終日に合わせたようです。
 合併の要となる新市建設計画について協議がされ、県との協議にはいることが了承されました。その他、税、職員の身分、組織機構、使用料・手数料、補助金・交付金、公共的団体の取り扱いの統一について協議されましたが、基本的姿勢を確認し、具体的な調整は、今後の協議の中で行うことになりました。  
 いまは、とにかくこの3月末までに県へ申請することを最優先しています。現時点の協議の状態を住民に説明するため、各市町で、3月19日に住民説明会を開催しますので、皆さんこぞってご参加ください。
 説明会には、私はもちろんのこと、各委員も出席しますので、皆さんから大いに意見を出していただき、今後の協議に反映をさせていきたいと考えています。

 

(2005.3.11)
■県立中央病院産婦人科で4月1日から予定分娩受け入れ休止の見込み。早期再開に最大限の努力を求める。(NO.117)

 いま、全国的に産婦人科医師の不足が叫ばれていますが、ついに同病院にも大きな影響を与えることになってしまいました。これは、産科医師が24時間の当直体制という勤務条件から希望者が少なくなっていることに加え、何よりも16年度からの臨床研修医制度により医大の医局に医師が2年間入らないため、その代替要員として、公立病院等へ派遣していた医師を引き上げざるを得ないことが大きな要因です。
 同院の産婦人科は、東京の大学医局から常勤医師5名、非常勤医師2名の派遣を受けてきましたが、この4月から派遣できなくなる旨の連絡がありました。その後の交渉で、常勤2名、非常勤2〜3名の派遣をかろうじて確保したようです。
 同科は、これまで、年間約500〜600の分娩出産と約300件の子宮がんなどの腫瘍を中心とする婦人科患者を受け入れ、地域の基幹病院として、また唯一の県立総合病院としての役割を果たしてきました。しかし、今回の状況のもとでは、がんを中心とした婦人科の診療を優先せざるを得ないとしています。
 従来の24時間の受け入れ体制が必要な「予定分娩」(通常のお産)を行うためには、どうしても最低でも常勤5,非常勤2の7名体制を組む必要があるため、この体制を組めないためやむなく休止することになるようです。
 私は、このような事態は、同院に対する地域の信頼に反し、また、採算の良い部門を休止することは経営上も問題であるため、再三にわたり医師の確保に向けて最大限の努力を求めてきましたが、当分の間の休止は避けられなくなったようです。
 同院では、これの伴い次の措置を講じるとのことです。
@ 4月1日からは、新たな予定分娩は受け入れない。
A 同日以後は、他の医療機関を紹介し、受け入れの協力を得る体制をつくる。
B 他院での分娩予定者でも、外来診療は行う。
C 産科救急患者も、産婦人科医が在院時には受け入れる。
D 県立中央看護学校の助産師、看護師の研修協力病院となっていますが、水戸赤十字病院等での研修に切り替えて対応する。
 そして、同院長は、「今後できる限り早期に産婦人科医師を確保して、「予定分娩」の再開をしたい」としています。しかし、時期は、明確にできないようです。
 私は、少子化対策を重要政策として掲げる橋本県政にとって一番基本となる出産の体制が欠如することは大きな問題だと思っています。橋本知事の早急な対応を求め、今後とも、大きな関心を持ってまいります。
 なお、私は、県民の皆さんに対する情報の提供が遅れていることを指摘し、併せて、同病院の医療従事者や看護学校の学生の皆さんに適切な説明を行い理解を求めるよう要求しております。

 

(2005.3.10)
■「桜川市」の合併、県議会特別委員会を通過、議決へ。(新)「笠間市」合併の動向も説明。最終市町村数は44の見込み。(NO.116)

「市町村合併に伴う新生活圏づくり調査特別委員会」が開催され、今定例会に提案されている「桜川市」の合併議案が付議され、可決されました。この議案は、正確には、岩瀬町、真壁町、大和村を廃し、それらの区域を持って桜川市を設置する「町村の配置分合」という難しい言い回しの議案です。
 本会議において同委員会へ付託されたもので、この採決を経て、最終日に本会議で議決することになります。私は、同委員会委員ではありませんが、「委員外議員」として出席して、審議状況を見ましたが、特段の質問もなく可決されました。
 併せて、笠間市、友部町、岩間町が合併する新「笠間市」の協議の動向について報告がありました。笠間市については、順調に進めば次回6月県議会に提案される予定です。
 なお、合併特例期限の今月までに合併した場合―18年3月末までの笠間市なども含むーは、市町村数は、44市町村(現在は71)になる見込みだと説明がありました。

 

(2005.3.4)
■環境商工委員会で、地震対策・雇用対策などを質しました。「水戸黄門」を茨城の観光振興に活用しよう。(NO.115)

 同委員会は、3日、4日開催されました。私の質問の要約は、次の通りです。
●本県の地震の被害想定を県民に情報公開すべきだ。地震保険の加入率アップを!
・本県は、従来南関東地域直下の地震では、マグニチュード(M)7、0を想定し、本県南西部の28市町村で最大震度6弱を想定してきた。しかし、最近首都直下地震専門調査会で想定した茨城県南部地震では、M7、3を想定し最大震度6強で県央部を含む地域に被害が及ぶとしている。私は、被害想定を県民に分かりやすく説明すべきだと述べました。
 これに対して、高橋生活環境部長は、「新しい震度の被害想定については、今後検討し、できるだけ情報を出していく」と答弁しました。
 また、同委員は地震保険加入率(本県 %、全国平均  %)を上げるための工夫を求めました。併せて、市町村合併に伴う消防団の分団の統合などによって、地域の防災力が低下しないような方策を求めました。
●河川敷の伐採竹は、現場での焼却処分を可能にすべきだ。
・涸沼川などの繁茂した竹は、流れを妨げ洪水時に危険を及ぼす。伐採を進めているが、廃棄物としての処分費が全体の6割にも及び、なかなか進まないため、
 私は、緊急避難的に、現場での焼却が可能となる例外事例とできないのか質しました。
 これに対して、横田環境対策課長は、「生活環境保全条例の例外規定については、廃棄物対策課および土木部と協議していく」と答弁しました。 
●立地した企業への地元雇用を増やすため、県は「ご用聞き」を進めよ。
・最近は企業が立地しても地元市町村や、県内の雇用につながりにくい傾向になりつつある。私は、企業の求める人材を県が職業訓練機関で養成したり、産・官・学連携の中で人材を育成して企業支援と地元雇用の促進を図るべきで、そのためには、もっと企業の求める人材ニーズを的確に把握すべきだと栗田職業能力開発課長らに今後の対応を求めました。
●「水戸黄門」の知名度を、茨城県の観光の振興にもっと活用すべきだ。
・テレビ番組の「水戸黄門」は、長寿番組で、再放送も含めると大変な宣伝力があり、その経済効果は極めて大きいはずである。県外の人が茨城をイメージする人物では、水戸黄門が圧倒的に一位である。私は、「水戸黄門のふるさと茨城県」などと、貴重な観光資源を生かし、遊び心も取り入れた観光振興のあり方を中里観光物産課長らに提起しました。そして、マツケンサンバのような振り付けをして、仮装水戸黄門フェステイバルを開催するアイデアなどを披露しました。

 

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