・<県政に対するご意見をください>   あて先は tokoiy@atlas.plala.or.jp
このコ−ナ−では、常井洋治が、「日々の活動」、「最新の県政情報」、「身近なできごと」や「新たな感動」などについて、皆様に発信します。
また、皆様から、県政に対するご意見やご提言をいただき、常井洋治がコメントさせていただきます。
そして、常井洋治と皆様の、双方向の「県政ほっとコ−ナ−」にしたいと考えています。

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(2005.1.26)
■県立中央病院は、優秀な医師の確保に懸命に努力中です。(N0.104)

<写真:1月30日茨城新聞より。同紙は、高萩協同病院での医師不足による産婦人科の休診状態を取り上げた。> 
いただいたメールに対するやりとりを掲載いたします。
{ある医療従事者からのメールの内容}
 県職員医療職にあるものです。日ごろより常井県議の活動を、後援会報等で拝見させていただいております。常井議員の12月の一般質問がきっかけで、県立中央病院の産科および小児科病棟の 閉鎖が危惧されています。
> >
> >もちろんがん患者の医療も大切ですが、産科・小児科というのは、これからの社会を担う子供たちにとっても、必要不可欠な部門であると考えます。
 目先の収益にとらわれず、公的総合病院としての使命をもう一度確認していただき、県民の福祉の向上のために、産科・小児科について考える必要があると思います。
 県立中央病院の分娩件数は年間約400件程度であり、決して赤字ではないと考えます。また、産科の機能として、現在、社会問題として、児童虐待やDVの件が問題視されていますが、産科外来における妊婦健康診査での早期発見および予防のできる唯 一の場なのです。
 また、児童虐待を予防するには、父親・母親への教育が必要ですが、生命の誕生に関わる産科が教育の最初の場所です。児童虐待への支援にも貢献できる場だと考えます。ただ単に分娩だけでなく、そのことをわかっていただきたいと思います。
 もし、産科がなくなったら、この近辺地域の出産する女性たちは、どこに行けばい いのでしょうか?次世代を担う子供たちに心身とも健全な育成を期待するのであれば、閉鎖はありえないのではないでしょうか。
友部町を例にとっても、町内の出産者が 1軒の個人病院ですべて出産できるとは考えにくいとおもいます。また、適切な妊婦保健指導が受けられるとは言い難いと思います。
> >
> > 産科の医局が引き上げるということでの理由で閉鎖があっていいのでしょうか。 たとえば、自治医科大学などの医局を開拓するということはできないのでしょうか。(中略)
結論として、中央病院の産科および小児科の閉鎖についての常井議員の考えをご返答いただきたいと思います。

{常井洋治からの返信}

 メールをいただきましてありがとうございます。また、医療従事者としトご活躍いただいていることに、心から感謝申し上げます。
>
>  県当局に確認したところ、小児科については、現行の陣容が確保でき、産科についても、鋭意現行のスタッフの確保に努力中との話がありました。
>  いずれにしても、前2診療科の閉鎖はあり得ないとのことですのでご安心ください。
>
>  私は、少子化対策の観点からも、また住民福祉の向上の観点からも、乳幼児医療対策を強く求めてきていますのでどうぞご理解をいただきたいと思います。
>  また、私の一般質問をきっかけに改悪するような事実も全くありませんので併せてご連絡します。
>
>  ただ、私もすべてを掌握することはできませんので、今後も情報をお寄せいただき、皆さんとともに、よりよい医療体制を確立していきたいと思っていますのでよろしくお願いします。
>    ー以上ー             常井 洋治

><補足> 医師の臨床研修制度の導入によって、各大学医局への医師の引き上げが行われているため、 公立病院では、医師数の確保が困難な状況にあります。中央病院では、医局の協力を得て優秀な医師の確保に熱心に努力しているようです。なお、私の返信に対して、「安心した」との返事がありました。

 

(2005.1.18)
■「桜川市」誕生へ向け、岩瀬町・真壁町・大和村合併協定調印式が行われました。どんどん進む合併。笠間・友部・岩間はどうするのか。県議選選挙区割りへの民意はどうか。(N0.103)

 私の選挙区である岩瀬町も、真壁町・大和村との合併協議が進み、合併協定調印式が行われました。今後3月県議会での議決や国との協議を経て、10月1日に合併し、県内29番目の市になる予定です。正直のところ、私としては、将来別選挙区になってしまうことから、寂しい思いがありますが、合併に向けての支援をしていくつもりです。
 最近、合併特例法の期限である今年3月31日までの合併に向けて、県内各地での動きがにぎやかです。@この日までに合併が成立するか、A同日までに関係市町村議会が合併の議決をして、かつ、1年後の18年3月31日までに合併した場合のみ、合併特例債の適用や国・県の財政支援を受けられるため、どこも必死なのです。
 市町村数の推移を見ると次のようになります。
16.4.1現在は、市22.町44.村17、17.1.18現在では、市23・町40・村12、17.3.31現在では、市26・町27・村9、合併後(18.3末)では、市32、町11、村1の合計44市町村になる予想です。
 県の中央部にある笠間・友部・岩間は、合併の空白区としてすっぽりと取り残されてしまっています。昨年暮れに、あれだけ合併に向けてあった熱意もまるで失せてしまっているようです。
 今は、首町も議会も、はたまた、ここの地区だけ仲介に乗り出した橋本知事も、何の総括もなく口を閉ざしています。しかし、住民はいろいろ考えているようです。3市町の合併がだめなら、まとめて水戸市に吸収されるのも選択肢だという意見も出てきたりしています。
 私は、一つの区切りをきちんとする意味でも、きちんと経過と結論と将来の方向付けを共有する意味でも、各首長同士、議会同士が一堂に会して『お話し合い』をする機会を設けるべきだと思います。そして住民にもきちんと説明をするべきだと思います。
 また、これだけ県内全域で合併が進んでくる中で、次期県議選を現行の選挙区割りや定数のままで執行することは県民の理解は得られないように思います。そういう声が多く伝わってきています。新市単位の、新しい区割りで執行すべきものと思っています。

 

(2005.1.16)
■七会村の閉村式に出席し、感慨無量の思いでした。私の心の中に生きる「七会村」。(N0.102)

<写真:阿久津藤男村長さんたちが、長い歴史を刻んだ村旗を降納した。>
七会村は、明治22年に7つの村が合併して誕生して以来117年の歴史を誇った村です。昭和の大合併にも、関与せずに単独立村を貫いてきました。そこには、やはり、山間部という地理的な立地状況が背景にあったように思われます。
 私には、とてもなじみが強い村でした。父親の代には、県議選の西茨城郡選挙区に含まれていました。途中からは、同じ郡内でありながら、議員定数の是正の関係で選挙区からはずれましたが、思い出の多いところです。
 父親の最初の選挙の当時、私は小学5年生でしたが、みんなと一緒に七会村へ選挙運動について行ったものです。塩をまぶした梅干しおにぎりにたくあんおかずの弁当を、村の日当たりのいい土手に腰掛けて食べたお昼の光景が鮮明に残っています。
 七会村には、熱狂的な支持者が多くいて、夕暮れ時に風呂に入っていても、選挙カーの声が聞こえると裸のまま飛び出してきて手を振ってくれたんだとかそういうエピソードを運動をしてくれた人から何回も聞かされながら、楽しい休息をとったものでした。
 私は、七会村に行くたびに、その場所が、ここだったんだなと今でも懐かしく思い出します。今は亡くなってしまった一緒に行った人や、昼食の場所まできて、話しかける近所の人たちの歩く姿や会話の表情までもよみがえってくるのです。
村の人たちの人情味豊かな純朴な人柄は、また格別で、県職員の時代に知り合った村の職員さんたちとも、今でも個人的につきあわせてもらっています。
 そのころは、道路事情が悪く、笠間から峠を越えてはいるには大変な状況でした。何か、別世界に行くような不思議な気持ちもありました。
 私は、県職員時代に県政教室と称するバスツアーのガイドをしたときには、「県内で一番人口が少ない市町村はどこ?」とか「一つも信号のない市町村はどこ?」などとクイズを出したりしたものでした。それは、七会村への親しみを込めてのものでした。その七会村の様相は、その後大きく変化しました。
 今では、全戸に光ファイバー網が行きわたり、情報化時代の最先端を行っています。道路も、さくらトンネルや、広域農道が開通して生活の利便性は向上しました。物産センターも開所したり、全く様変わりしました。本当に村民の皆さんにとっては、良かったなと思っています。
 合併して「城里町」となり、七会村の名前は消えますが、その穏やかで、純朴な人情味あふれる村民気質は、いつまでもその自然と共に生き続けてほしいと願っています。私の心の中の「七会村」は、いつまでも変わらないのです。

 

(2005.1.12)
■■「市町村合併問題を考える」― ネットでの座談会を開催しました。(N0.101)

<写真:岩間町の成人式にて。将来を担う青年にも希望のもてる地域づくりをともに考えていきたい。>
 私の地元で、友部町、岩間町、笠間市の3市町の合併が模索されてきましたが、白紙になってしまいました。住民の皆様からは、私に対して、様々な考えが直接示されました。このコーナーを通して、メールで寄せられたものもあります。
今回は、それらを集約して、座談会方式でまとめてみました。今後の合併を進める上で、参考になればと思っています。
□Aさん(主婦)
私のような主婦の立場からみると、合併といわれれもピンとこないんですよね。毎日のように新聞に話題が載るし、私の住んでいる岩間町でも笠間、友部との合併話が出ているものですから、それなりに関心を持っていますが、合併って一体私たちの生活にどんな意味があるのかって、何というか実感がないんですよ。子どもが通っている「岩間町立○○小学校」が「笠間市立○○小学校」に変わるだけで、看板が変わるだけじゃないかと思ってしまうんですよ。
 私たちの生活が合併でどう良くなっていくのかが、どの新聞を見ても余り書いていませんよね。たまに子どものお母さんたちと合併の話をする時があるんですけど、「合併したって生活は余り変わらない。政治家や行政の人たちが一生懸命やっているんであって、私たちには関係ない」といった声が大半なんです。「住民不在」っいうんですか、県の人も、役場の人も、そこのところをちゃんと説明してほしいですね。
□Bさん(若いサラリーマン)
 地方自治体の今後のあり方を考えていく上で、現在進められている合併には大いに関心を持っています。私はまだ独身ですので、まだ生活者の視点からものを見ることができませんので、生意気なようですが、行政のあり方という視点から合併を考えてみたいと思います。
 現在、「平成の大合併」ということで、全国的に合併が急速に進められているわけですけど、これには二つの問題が絡んでいると思います。一つは、市町村を取り巻く厳しい財政事情の問題です。どこの市町村もおしなべて苦しい台所事情を抱えています。このままいったら、財政破綻を招きかねない、それならば合併して財政基盤を強化しようということです。
 このことは、プロ野球パリーグの近鉄とオリックスが財政問題解決に向けて合併したことを考えれば分かりやすいと思います。もう一つは、地方分権の問題です。「地方でできることは地方で」とのスローガンの下で、国にあった権限が地方に移譲されてきます。これらの権限をしっかり受け止められる受け皿が必要だということで合併が進められてきたということです。すなわち、地方の自主・自立による効率的で効果的な行政運営を進めていこうというのが、合併の大きな目的であると思うのです。
□常井 洋治
 Aさんがおっしゃる合併が私たちの生活にどんな意味があるのだろうということですけど、今のような進め方だとなかなか実感がわかないですよね。
 今から約50年前、昭和30年頃に「昭和の大合併」というのがあり、現在の市町村の区域になりました。当時は、今ほど自動車はありませんで、日常生活の移動手段といえば自転車やバスなどが主力で、生活圏も限られた範囲でした。
ところが、マイカーの普及などにより通勤や通学、買い物など、私たちの日常生活の範囲は、今の市町村の範囲を越えて広がってきています。Aさんも買い物などをするとき、マイカーで郊外の量販店に行くことがあると思いますが、日常生活における行動範囲が当時と比べて広がっていることがお分かりになると思います。
そこで、みなさんが安全で安心して、そして快適な日常生活を過ごしていただくためには、この生活圏に合わせたまちづくりが必要になってきます。また、今の私たちの価値観は非常に多様になっており、生活スタイルもそれぞれ違ってきていますので、これまでの小さな市町村では住民のみなさんのさまざまなニーズに応えていくことが難しくなってきているということも、合併が必要な理由といえます。
 そして、Bさんのいうとおり、何よりも重要なのが行財政基盤の強化を図る必要に迫られているということです。21世紀は地方分権の時代であり、これまでの全国一律、護送船団方式といった考え方から、地域が自主性と自立心を強く持って地域間競争を勝ち抜いていかなければなりません。そのためにも、その基礎となる行財政基盤の強化が必要です。財政についていえば、国が進めている三位一体改革の中で、地方への税源移譲が不十分なまま、地方交付税や国庫補助金の削減が進められようとしています。
特に、地方交付税の大幅な削減は、財政力の弱い市町村にとって、住民サービスの大幅な低下を招きかねませんし、自治体経営が成り立たなくなってしまう危険性を孕んでいるのです。
 なお、国は、財政の逼迫から、昨年暮れには、全体の地方交付税額の約半分に当たる約8兆円を削減する意向を突然打ち出しました。とりあえずは、17年度は、前年度並みの総額を確保しましたが、それでも西茨城郡の市町村は、15年度と比較して2年度とも数億円の減額になっています。地方交付税の削減方向は、今後も続きますので、これまでの行政サービスの低下や増税は避けられない状況です。
これまでは、合併のメリットやデメリット、新市の将来ビジョンなどの議論を最重要な論点としてきましたが、それと併せて、このような地方自治体の財政状況を考えなければなりません。地方自治体や合併を取り巻く環境は、このところ急激に大きく変わったことを認識する必要があります。 合併による行政効率化なくして、地方自治体はもはや成り立ち得ない、存亡の危機に立っていえると言っても過言ではありません。
 このようなことから、市町村合併は進めていかなければならないと考えております。
□Cさん(無職の高齢者)
私は、女房と二人暮らしで年金生活者です。私のような高齢者の目線から見たとき、合併は福祉の面では大きな意味があるような気がします。
 私の住む友部町は「福祉のまち」を目指しているだけあって、医療や福祉関係の施設や施策が充実してます。私も介護保険を受けていますが、ヘルパーなどの人材が豊富ですし、ショートスティやデイケアなどの施設も数多くあります。
この友部と笠間、岩間が合併すれば、ただ今申し上げた福祉サービスが笠間や岩間の方々も受けられようになると思います。
 また、市になれば、単独の福祉事務所が設置できると聞いておりますので、もっと住民に目の届いたきめ細かな福祉サービスが期待できます。そのような点から考えた場合、私は合併に賛成です。ただ、合併によりサービス枠が拡大した結果、全体的に薄まってしまうことのないようにしてもらいたいと思います。
□常井 洋治
友部には、県立中央病院をはじめ、福祉関係の施設が数多くあります。友部町としても、これらの県の施設とのネットワークを図りながら「福祉のまち」の実現を目指しており、私も当選以来、県議会での本会議や委員会で実現に向けた県の支援を訴えてきていますし、今後もさらに強く訴えていきたいと思っております。
 
Cさんがおっしゃるように、合併により友部のもつ「福祉」のポテンシャルが、笠間や岩間にも波及して福祉サービスの広域化が図られれば、合併に大きな意味を見い出すことができると思います。
 また、合併を進めていく中で、将来ビジョンとしての市町村建設計画というものを作っていきます。建設という言葉からハードなものをイメージしがちですが、福祉サービスのようなソフト面にも十分留意することが大切です。
私も将来ビジョンを検討していく過程で、行政サービスが低下しないようハード・ソフト両面のバランスを考えた建設計画となるよう、アドバイスをしていければと考えておりますし、当然のことながら、よくよく住民の声を取り入れていって欲しいと思っています。
□Dさん(自営業)
私は、笠間で商売をしているんですが、市の人口も3万人を割り、このままいったら笠間は消えてしまうのではないか、ということを仲間とよく話をします。みんな、すごく危機感を持っていますし、私もその一人です。そういった中、友部、岩間との合併話が出てきたわけですが、合併は、今の笠間の状況を打開する千載一遇のチャンスだと思いました。しかし、今の状況では、そのチャンスが遠のいていってしまい、残念だし、とても悔しい思いです。

スケールメリットという言葉がありますが、友部、岩間と一緒になれば、お互いの特性を生かした役割分担によって、笠間単独ではできないいろいろな仕掛けが可能となり、地域の発展が大いに進むのではないかと期待していました。
 
笠間は、歴史と伝統の香りのある古い街です。そして、笠間稲荷や笠間焼きに代表される観光の街でもあります。笠間は、これからも歴史と伝統を資源とした観光地づくり目指していくべきと思っています。一方で、雇用の場を造っていくことも地域の発展には欠かせません。そういう意味において、友部は交通の要衝にあり大変利便性の高いところですし、岩間も県の中央部に位置し、既に工業団地が稼働しているなど、雇用の面での役割を担っていただければ、全体的にバランスの良い地域づくりができるのではないかと思うのです。
 
3市町それぞれの特性を生かして、一体的な地域づくりに取り組んでいけば、この地域の様相は一変するはずです。スケールメリットを生かした地域振興という観点からも、合併は進めていくべきだと思います。
□常井 洋治
 今回、3市町の法定合併協議会設置議案が笠間市議会で否決されたことは、私も当初から合併に関わってきましたので、大きな虚脱感に襲われたことは否めません。
 Dさんがおっしゃるように、合併にはスケールメリットがありますので、これを地域振興に活用するための仕掛けをしていくことは大変重要な視点だと思いますし、Dさんの提案は大いに参考となるものです。
 また、この地域には、まだ手付かずの振興の種が眠ったままです。その一つは、畜産試験場跡地の利用であり、もう一つは総合流通センターの早期着工です。私は、本会議や委員会で西茨城郡地域の振興に欠かせないものとして、再三再四、この種地の利活用を進めるよう訴えてきました。
県の腰が大変重く、遅々として進まない現状に苛立ちを隠せないのですが、合併による地域の役割分担の中で、この二つの種地はスケールメリットを生かすための大きな起爆剤になると考えておりますので、これからも県に強く働きかけていきたいと思います。
私は、16年12月の県議会一般質問で、畜産試験場跡地に、福祉・医療関連の施設や民間の福祉・医療関連サービス機能を集約していくべきだと提案しました。本県が、福祉・医療の先進県になるためにも、県は、そのビジョンを示して、合併の指針にするべきです。
 今回は、残念な結果に終わりましたが、笠間を含めた西茨城郡の振興は、県政発展のためにも必要なことですので、これまでの進め方を総括し、今後の方向性を模索していきたいと考えております。

 

(2005.1.1)
■新年明けましておめでとうございます。これからも、肩に力を入れて全力投球でがんばります。このコーナーも、100回目を迎えました。ご愛読に感謝します。(NO.100)

 今年は、酉年です。今年こそよい年の夜明けを告げてほしいと願ってやみません。また、「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざがありますが、私は、大きな組織に属さない、駆け出しの議員ですが、小粒でもぴりりと辛く、またきららと輝くような活躍をする議員活動をしていきたいと思っています。
 任期中3回目の正月を迎えると、来年の12月の選挙まで約2年あるのにもかかわらず、「来年は選挙だね」と言われます。この時期になると、もう次回の選挙を意識して、選挙モードに入ってゆっくりした気分はないのです。もっとも、私は、毎日が選挙戦だと思って過ごしていますので、一年中同じ気分なのですが。
 選挙というといつも思い出すことですが、私の最初の選挙では、なかなか案内をしてくれる人がいない状況でした。そんな中、当時60歳代の小柄の女性でしたが、実にこまめに友人知人のところへ、私を連れて紹介してくれました。寒い中、夜遅くまで、相手方の玄関の戸をたたきながら引き連れてくれたのです。
 私は、何がなんだか、どこの家なのかもわからないままに、まるで見えない糸で引っ張られるようについて行くだけでした。暗い中でも、その人は懐中電灯も使わずにスニーカーを履いて足先に目がついているように早足で歩いていくのでした。私は、今でもその頼りとした白い靴の動きが脳裏に焼き付いているのです。
 その方に対する感謝の念は、1日として忘れたことがありません。そして、そのこまめさとスピードは、私の政治活動にも取り入れたいと思いながら活動の手本としています。私には、こんな恩人がいっぱいいるのです。そういう人たちに、報いるためにも、私は無駄な時間を過ごすことはしないように心がけています。
 私が「燃える郷土愛。全力投球!!」というスローガンを掲げているのもそのゆえんです。いつも全身を振り絞って、全力で政治活動ができるのが理想なのです。そして、「こんな県会議員がいたらいいな。」と自分で描いている21世紀型の県議の理想像を目指していきたいと思っているのです。
 今年、県の幹部からいただいた年賀状に、「少し肩の力を抜いてがんばってください。」との添え書きがありました。かつて県職員時代の私の上司であった方で、今回の知事に対する一般質問の件に関して私と厳しいやりとりをした経緯もあってのことと思います。
アドバイスとしてありがたく受け取らせていただきますが、今、はやりのギター侍流に言えばこんなところでしょうか。「ザンネン!いつも全力投球が信条の私には、そんな器用なことはできないのですから。あなたも肩に満身の力を込めて、県民のために県民の側にたって仕事にお励みください。」と。
 このコーナーを開設して約1年で100回目を迎えました。県政や、私の議員活動を少しでもわかりやすくお伝えしていきたいと考えています。引き続きご愛読ください。

 

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■師走の光景もいろいろです。初当選後まる6年になりました。(N0.99)

<写真:友部町小原地内では県営畑地帯総合整備事業の工事が進んでいる。私は、地権者の同意を受けて、役員の皆さんとともに早期完成に努めている。複雑な地形の畑地であったが、区画整理を行い農道やかんがい施設を整備する。>
  私は、毎年暮れに、最初の選挙にお世話になった方を中心に日頃から何かとお世話になっている方を訪ねて、近況を伝えるようにしています。いつも時間に追われて夢中で歩きますが、今回はもう6回目になるんだなとしみじみと感じました。
6年という月日フ早いこと、そして充実して活動できたこと、6年たっても懸案として解決できない地域の課題のことなど、ふと思い起こすひとときがありました。妻に同乗して手伝ってもらいながらいろいろな生活の光景に出会いました。
・ 6年の間には、多くの支持者が亡くなりました。お線香をあげたり、思い出話
を交わしました。
・ 孫の守りにいそしむようになった人も大勢います。
・ いつの間にか、杖をついたり、ベットに横たわったりしている方々。
・ 夫婦2人でゆっくりこたつに当たってお茶のみをしている方々。
・ 特別養護老人ホ−ムで会った私の親類の88歳の男性。若いときから苦労して財産を築いてきた。久しぶりにあったが覚えていてくれて、次の言葉が印象的だった。「知り合いがいないので面白くない。」「(財産を築いて)誰かの足
しにはなっているんだっぺ。」「(奥さんが元気で働いていることに)そうたにやったってしゃああんめえな。」
・ 近所の人と日なたでお茶のみをしていてすすめてくれた方。以前より元気がないので気がかりでした。後で、今年病気をしたことを友人から聞かされました。
・ 世界のニュ−スは深夜に入ってくるから起きてテレビを見ているんだと言った85歳の男性の迫力にはまいりました。
・ 若い人たちが家に入るので、新築して喜んでいた方。
・ 寒い中でもゲ−トボ−ルやクロッケ−に興じる元気印の高齢者の方々。
・ 庭掃除や、庭木の手入れに精を出す方々。
・ ご主人が退職して、奥さんと軽トラで野良に向かおうとしている方。
・ 後継者として成長して、農業や酪農、企業経営に頑張っている方々。以前大勢の従業員と長靴姿で仕事をしているとき、か弱そうに見えた若嫁さんも、義母をいたわりながらたくましさを身につけていました。
・ 不景気で、仕事が少ないという職人の方々。
・ みんな働きにでて、留守の家。
今年、小泉総理は、「人生もいろいろ・・」と答弁して物議をかもしましたが、いろいろな生活の風景があります。そういう人たちとじかに接することが、政治家として私は、一番大事なことだと思っています。
そこには、役所や政治家同士の世界とは異なる、生活者の生の実生活と生の声があるからです。身近な人たちと同じ空気に身を置くとき、6年という時間は、確実に時を刻んでいるなと実感しました。県議会議員として、これからやっていくべき事を、自らの胸にも新たに刻んだ師走でした。

 

(2004.12.16)
■執行部に対し、一般質問答弁後の適切な対応を求めたい。(N0.98)

<写真:私の一般質問の傍聴には、満席の約300人が来てくださった。質問の内容や、答弁について、地域に持ち帰り、色いろな場所で茶飲み話の話題になることでしょう。そういうことが、地域づくりの根っこになっていくのです。>
 2年半振りの一般質問でしたので、準備も初心に帰って入念にしました。約2ヶ月間かけて、勉強会を重ねました。原稿の書き直しは、15回行いました。私は、常にすべての原稿と資料を持ち歩いていますので、最後は、風呂敷包みもパンパンでした。鞄よりいっぱい入りますので、議員になってからは、風呂敷の愛用者になりました。
 自称「風呂敷愛好会会長」と言いながら、時々柄の変更をして楽しんでいます。しかし、議会が閉会になった後は、机の上にどんと置いたままで、必要なものだけ出し入れしています。つまり、大きなファイル代わりになって、次の議会の頃までは、そのままの状態になっています・
 さて、今回の質問を通して感じたことは、質問の概要を規則どおり事前に通告した後もほとんど、その内容に対して執行部からの確認や質問がないことでした。これまでは、質問の趣旨やポイントを何回も確認し、議員のポイントにあわせて答弁をする姿勢がありましたが、今回は土木部を除いては、それが全くありませんでした。
 その結果が、前回述べたような、真っ向から向き合わない、ずれた答弁になっているのです。これも、質問で取り上げた県庁の士気の低下の一面であるならば、極めてゆゆしい問題だと思います。
 いづれにしても、答弁で述べたことについて、質問者に対して、どうフォロ−していくかが大事です。言いっぱなし、聞きっぱなしは、絶対に許されません。もう一度庁内で、答弁を基に議論を重ねて、対応策を練り、その後の状況を質問者を通して県民に知らせるのが、答弁者の責務だと考えています。それが、生きた行政の実現につながるのです。
 私は、既に、時限を限っての報告を求めていますし、定点観測のようにチェックをしていくつもりでいます。それに前向きに取り組むことこそ、執行部と議会のあり方だと思っています。答弁者からの進んでの報告をいつも待っています。

 

(2004. 12.10)
■どうするのか−笠間市・友部町・岩間町の合併(その3)。笠間市議会が否決。(N0.97)

<写真:県畜産試験場跡地を活用した、地元小学校の生活学習風景。3市町の合併ができれば、新市の発展の大きな種地になるはずだった。>
 3市町の法定合併協議会設置議案がようやく笠間市議会に提出されましたが、賛成少数で否決されました。前日には、県の関係者は、8:7で可決に持ち込めると自信を持っていましたが、結果は、賛成6:反対8でした。従来からの、議長を除いた5:9の反対者多数の構造は、堅かったようです。
 これで、この地域の合併は、来年3月末までの県知事への申請は、大分難しくなったようです。その申請には、新市の建設計画を策定して提出するため、その期限内に練り上げるのは、時間的にほとんど無理かも知れません。
 これで、この地域の合併は、2年前の3市町任意協、昨年の友部・岩間の法定協に続いて、とん挫しました。住民は、交付税大幅削減などの国の措置と、自らの地域の将来を本当に心配しています。スリム化の推進などでは対応できないことは、住民の皆さんが一番知っているようです。
 今回の笠間市議会への働きかけの中では、県関係者の中には、反対派の議員に対して傷口へ塩をすり込むようなやり方もあり、私は、心を痛めていました。今回一応の決着を見ましたので、これを契機に進め方も再検討した上で、今後の方向性を模索していかねばなりません。
 紆余曲折を続けていますが、住民も自らの地域のことについて、強い関心を持ってきています。もっと議論を沸騰させるために、情報公開などに関係者は、努めていくべきでしょう。住民の嗅覚や、発想に信頼をおくことも大事です。
 私も、当初からずっと合併に関わってきましたので、虚脱感がありますが、地方自治体のあり方を常に考えながら、今後の地域づくりを進めていきたいと思っています。

 

(2004. 12.6)
■久しぶりの一般質問でした。ネット上で、再質問します。(N0.96)

<写真:茨城新聞より>
 今期初めての、通算5回目の一般質問をしました。約2年半振りでしたので、初質問の時の緊張感を思い出しました。約300人が傍聴に来て頂き感謝しております。
 さて、質問時間は、答弁も含めて1時間ですが、最後の答弁終了時に丁度残り時間が0分になってしまいました。再質問を用意していたのですが、残念でした。そこで、その再質問を、ここでしてみたいと思います。私の質問内容については、このホ−ムペ−ジから県議会のHPにリンクして、映像で見てください。誠に勝手ながら、それを前提に要点のみを述べてみます。
 橋本知事への再質問は、今回用意しておりませんでしたが、気になることがありましたので最初に述べておきます。
橋本知事は、「竹内前県政に対する評価」に対する答弁の冒頭に次のように述べました。「常井議員は竹内前知事にお仕えし、また、大変親しかったと伺っておりますが、私は残念ながら、親しくお話を伺う機会もなかったことから、威厳とか風格といったことはもとより、その業績につきましても、議員のように詳細には承知しておりません。
 従いまして、私が評価するのが適切かどうかわかりませんが、先ほど、議員があげられたごとく、時代の流れを上手につかみながら、多くの先駆的事業を実施し、大変すばらしい実績を残してこられたと承知しております。(中略)私は、竹内前知事のやってこられた多くの先見性に富んだ事業について、引き続き実施してまいりました。
(中略)このように、竹内前知事が強いリ−ダ−シップを発揮し、数々の業績を残されたことについては、私はもちろん多くの人々が大いに評価しているところでありますが(後略)。」
 この点について、私は次のような感想を持っています。
@  私が、竹内前知事と「大変親しかった」かどうかは、質問の発意とは全く関係なく、勝手な推測に基づく答弁は、議員としての正当な質問の趣旨を損ないかねない。議員の個人的関係の憶測を前提にしたものの言い方は適切ではないと思います。。以前の質問に対しても、そういうことがあったが、橋本知事の体質なのかも知れません。
念のため、竹内知事は、私がごときが、軽々に「親しい」などと言える人ではなく、どこまでもスケ−ルの大きい雲の上の人だったのです。誤解を招く言葉は、厳に慎むべきでしょう。
A  「(竹内前知事の)業績につきましても、(常井)議員のように詳細には、承知しておりません。」としているが、私は、質問に述べた事だけを論じているのであり、「詳細に」などと勝手な憶測を言う必要はないのではないか。また、竹内前知事の業績について、承知していない、(橋本知事が)評価するのが適切かどうかわからないと言っておきながら、その後には実績に対する評価を2箇所に渉って言及している。全く論理矛盾の言葉になっているのではないか。もっと、答弁書については、推敲を重ねて対処すべきではないか。
                              −以上−
<再質問>
T.農林水産部長に対して
@  私の提唱した「地域再生の観点からの農業政策のあり方」についての考え方に対して、全く言及していない。部長は、茨城農業発展の根幹となる哲学を全く持っていないのだろうか。お聞かせ頂きたいものだ。
2. 保健福祉部長に対して
@  私は、県立中央病院への導入が決まった「CT付きペット」について質問した。これは、今だ全国で20台しかないものだ。その、検診が、18年度の早い時期に開始されるのだから、導入時の積算基礎を基に料金などを県民に予告して、関心を持って待ってもらうことが大事だ。行政の情報は、積極的に公開することが必要だ。
   今回の答弁で述べたのは、既に多く普及した「普通のペット」のことであり、質問に正確に答えようとしていない。人の命を預かる保健福祉部長の答弁としては、あまりにも粗雑ではないか。
3. 企画部長に対して
@  岩間インタ−から百里空港に向けて、私が提唱してきた新設道路、いわゆる「弾丸道路」が、一部現道を利用してクランク型で整備することになれば、口コミで悪評が広がり、利用客の呼び込みに大きく影響してしまう。
A  私は、開港前の全線整備について質問したが、正確に捉えた答弁がされていないので、再答弁を求める。
B  百里空港の成功の命運を握るこのアクセス道路は、他の道路とは別格の位置づけで、何としても開港前に全線整備する必要がある。県のプロジェクト事業として進めている企画部長が、答弁で「土木部と連携して」などといっていてはダメだ。土木部をリ−ドする姿勢を示すべきだ。
C  百里空港の開港時期の目安をしめすべきだ。それを前提にしないと、道路整備のスケジュ−ルも議論できない。 
 以上、述べてみましたが、これらについてに再答弁を求めはしませんが、今後も議員の質問には、真正面から、真摯に取り組むべきでしょう。

 

(2004. 12.2)
■どうするのか−笠間市、友部町、岩間町の合併(その2)(N0.95)

 11月末までに、笠間市議会の賛否の結果が出るはずでしたが、30日の臨時議会で、笠間市長は、過半数の賛成が得られる見込みが立たないということで、法定協議会設置の議案をまた取り下げました。5日の臨時会に続いて2回目の撤回です。
 12月1日の新聞によると、橋本知事が合併に反対する笠間市議会を再三批判する発言をしたことに対し、反対派議員9人の総意として抗議の公開質問状を提出したそうです。
 前回も述べたように、むしろ、知事も市長も、反対せざるを得ない議員の心情を汲み取り、みんなが賛成してくれるような努力をすべきときに、逆のことをしているのは残念に思います。
 市民アンケ−トで多数の賛成があるのに議会が反対するのがおかしいという論法には、私は納得できません。議会や議員は、選挙を通して市民の負託を受けており、個々のアンケ−トなどとは異なるものですし、法的に担保されたものです。議員の権利は、最大限に尊重すべきです。
 その新聞記事の中で、ある人が言っているように、議員も含めて、賛成、反対いずれの意見にしても話し合いがほとんどされていないことこそ問題なのです。ましてや、反対派といわれる議員の言い分を良く聞くこと、そういう場を設けることこそ重要なのです。
 しかしながら、知事がいくら張り切っていても、県の合併担当課の動きは見えませんし、県議会議員を以前に集めておきながら、その後の状況説明もありません。もちろん今回の撤回についてもです。私も、自分でできる限りの努力はしてきましたが、こんな状況では、なかなかうまくいかないのではないでしょうか。

 

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