・<県政に対するご意見をください>   あて先は tokoiy@atlas.plala.or.jp
このコ−ナ−では、常井洋治が、「日々の活動」、「最新の県政情報」、「身近なできごと」や「新たな感動」などについて、皆様に発信します。
また、皆様から、県政に対するご意見やご提言をいただき、常井洋治がコメントさせていただきます。
そして、常井洋治と皆様の、双方向の「県政ほっとコ−ナ−」にしたいと考えています。

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(2004. 8.18)
■一級河川巴川の源流の管理者は、誰なのか。水戸土木事務所と現地を調査しました。(N0.73)

 一級河川巴(ともえ)川は、岩間町から鉾田町などを流れ、霞ヶ浦に流入します。霞ヶ浦の水は、岩間町の農業用水として使われていますので、岩間町から発した水は、往復の旅をして戻ってきているのです。
 その源流部の岩間町山根地区で、川の流れが民地を浸食しているため、地区の方から、浸食防止策の相談がありました。水戸土木事務所の十八公(そやぎみ)伸昌河川整備課長さんらと現地調査をしました。
 一級河川は、通常県が管理していますが、巴川の源流部を含む最上流部は、県の管理区域からはずれており、その部分は、普通河川として市町村の管理になっているそうです。初めて知ったことです。
 源流があって川として流れるのにおかしなことです。現実問題として、小さな市町村で河川の管理をするのは、経費面から見ても無理なことですので、無管理状態にしておくことと同じことでしょう。
 この源流部も、林道の開設などにより鉄砲水のように流れが激しくなって浸食が進んだと聞いています。無管理状態を放置しておいてはいけません。いろんな知恵を使って、浸食防止策を講じるべきです。関係機関の協力を求めます。
 最近は、巴川の源流を歩こうという催しもあるようです。土木や林業をはじめとする関係機関も、源流部をよく見て、その管理主体を見直して、山や川全体の管理を考えてもらいたいものです。

 

(2004. 8.18)
■県立友部病院(精神科)で納涼盆踊り大会が開催されました。患者の皆さんの見事な仮装に驚いた、楽しいひとときでした。(N0.72)

 精神病院である県立友部病院では、毎年患者や職員で納涼盆踊り大会を開催しています。地域とのつながりを大切にしていることから、地元の区長さんや町関係、地元の関係機関から多くの来賓も参加しています。
 総勢で、患者の家族も含めて200人を超えるでしょうか。患者の皆さんは、職員の皆さんと一緒に準備にあたり、仮装をして踊ります。今年は、オリンピックの開催中のため、「アテネ行きのかごや」などもでていました。
 患者が、看護師さんの仮装をしたり、猿の衣装を付けたり各病棟ごとにも趣向を凝らしています。児童思春期病棟の子供たちから、年配の患者まで、みんな楽しそうです。
 見ている側からは、職員と患者さんの区別がつかなくなってしまうくらいです。
 気になることは、見た目にも、同病院の患者の高齢化は進んでいることです。そして、今約400人の患者を半分の200人に減らして改築を計画しようとしています。改築する際に、県立中央病院の近くに移転する案もあります。
 いずれも結論は、まもなく出される予定ですが、一人ひとりの患者を念頭に置いた、議論が望まれます。私も、その視点をしっかり持って対応していきます。

 

(2004. 8.11)
■笠間市、友部町、岩間町合併協議再開へ。橋本知事の呼びかけに応じ、各市町長とも合併に向けて努力していくことで合意しました。(N0.71)

 3市町の合併は、これまで2つの組み合わせがありましたが、離脱や解散と2回失敗し、とん挫していました。この度、橋本知事の呼びかけで、3市町の首長、議長、地元選出県議が一堂に会し、意見交換をしました。事務方は、末宗総務部長だけが同席しました。
 合併の基本項目である、@名称、A事務所の位置、B合併の方式、C合併時期についても議論が及びました。合併の方式については、新設(対等)合併で明確に一致しました。
 その他の項目についても、私の感じたところでは、おおむね同じ認識だと思われました。しかしながら、各市町ともこれまでの経緯などの事情が異なることもあるので、今回の意見交換の中身を踏まえて、各市町で意見の集約を図ったうえで改めて会合を持つことにしました。
 次回からは、各市町の副議長もメンバ−に加えることになりました。
 今回は、合併について知事が、公に仲介の労を執った初めてのケ−スです。まさに、知事が「時の氏神」として、登場してくれたわけで、関係者の努力を結集して、成功に結びつけて欲しいものです。
 勿論私も、微力ではありますが、知事はじめ関係者との調整を今後とも続けてまいります。私は、合併の成功に向けて「アヒルの水かき」に専念していきます。
 地方交付税の急激な削減や介護保険の負担増、少子高齢社会によって自治体の財政状況は、極めて厳しくなっています。一刻の猶予も許されず、合併による財政基盤の安定が最優先の課題です。
 そういう事情の中でも、きちんとした理念を持って合併を進めなければなりません。住民の意見を良く聞きながら、新自治体100年の構想を練るべきです。これまでの失敗の轍を踏まず、むしろ糧として行くべきです。
 知事のリ−ダ−シップの下に進める初めての例ですので、これまでの他地区の合併とは、ひと味違った、本来の合併のあり方として模範となるような合併成功例にしていきたいものです。
 新市名についても、一番ネ−ムバリュ−が有り、地域性や歴史に照らしておかしくない、かつ、新市において経済効果の見込める既存の名称から付けるべきだと、私は意見を述べました。
 さて、皆さんにも大いに関心を持って、合併論議を高めてもらいたいものです。

 

(2004. 8.3)
■「歴史と語らいのみち」第1弾が実現。水戸天狗党挙兵140年の節目に土師地区の歴史を語る碑が完成。私の公約が実現できました。(N0.70)

<写真>関係者によって除幕式が行われた。碑文作成は、岩間町史編さん調査員の松嶋繁先生。碑文は、このホ−ムペ−ジの「後援会活動」欄をクリックして、「後援会報笑顔大好きV0L.18」でご覧ください。
 猛暑のせいにして、しばらくサボってしまいました。せっかくアクセスして頂いた皆さんには、申し訳ありませんでした。
 さて、この度、友部町、岩間町を通過する通称「岩間街道」にその地域の歴史を語る碑が建てられました。岩間町土師(はじ)地区は、幕末期に、天狗諸生の抗争に巻き込まれた地区です。
 天狗党の最檄派と言われた20歳前後の田中愿藏(げんぞう)が率いる隊が土師村に進入し、それに対抗する諸生派に味方する鯉渕村(内原町)近隣村連合の自衛農民軍(これを「鯉渕勢」という)との激しい合戦がありました。進入を阻止するために、涸沼川に架かる橋を引き払ってしまったりしました。
 田中隊は、土師村全村焼き討ちの挙にでて、26軒が焼失し、庄屋ほか6人が即死、重軽傷者多数、馬匹の焼死など、大きな被害を受けました。土師村は、歴史の大きな波に飲み込まれたのでした。
 友部町のある方が、その土師村の歴史を私に語ってくれて、初めて私はその史実を知りました。小さい頃、祖父の千代松が、岩間街道を通るたびに「鯉渕勢がこの辺を通って…」というはなしをしていましたが、よく分からないままにいつも頭から離れませんでした。
 今回の碑の建立を契機にやっと祖父の言っていたことが分かりました。また、岩間街道が、水戸から群馬県までつながる約120?の地方街道である「瀬戸井街道」の一部であることも知りました。多くの著名な先人たちも通ったことも分かりました。
 その方は、「地域の歴史を次代にきちんと伝えるのも県議の役目だ」と助言をしてくれました。私も、初出馬の時に、地域の歴史や文化を書いた看板を立てて、住民やよそから来た人に故事来歴を分かってもらえば、地域に住む誇りや郷土愛にもむすびつくだろうから、県政でそういう政策をとるべきだと言いました。
 私のイメ−ジは、駅のプラットホ−ムの白い看板のようなものでした。私は、15年12月の土木委員会で、このことを取り上げました。新しい道路行政のあり方として、道とその地域の歴史との関わりを発掘して、道路の役割や、あり方を見直すきっかけにする必要性を述べました。
 嬉しいことに、土木部の理解を得られて実現の運びとなりました。今は、車で速く通過するだけの機能性最優先で危険な「道路」ですが、先人たちも通った「みち」で、そっと耳を澄ませてみれば、先人たちの道ばたでの楽しい会話や、天狗諸生の抗争時の喧噪が聞こえてくるかも知れません。
 そういう思いをはせることで、心が豊かになり、次代を考える郷土愛が芽生えてくると思うのです。県内各所に「歴史と語らいのみち」づくりが広まることを願っています。

 

(2004. 7.16)
■環境商工委員会で参考人を招いて勉強会を開催。常陽銀行河原専務さんたちと、地域中小企業活性化への取り組みについて、意見交換をしました。(N0.69)

<写真:ヤマモモの実>
 標記委員会(白田信夫委員長、田所嘉徳副委員長)は、各分野の専門家を参考人として招いて意見を聞きました。県議会閉会中の勉強会でもあります。執行部も主な部課長が出席できますが、あくまでも、主体は委員です。
 今回は、3人の参考人をお招きしました。とりわけ、正副委員長のすばらしい発想で、常陽銀行専務取締役で、茨城経営者協会副会長の河原雄図さんから、「地域企業活性化への取り組み」と題する意見の開陳がありました。
 30分程度参考人の意見を聞き、その後に各委員との意見交換を行います。委員席の9人と参考人1人が対面形式で行うため、その仰々しさに、河原さんも当初は、少し戸惑いがあったようです。
 河原さんからは、主に次のようなお話がありました。
@ 政府の「骨太方針2004」で金融行政指針が検討中だが、さらなる金融安定化への移行を目標にしており、メガバンクに続いて中小金融機関に大きな影響が出てくるだろう。
A 8月1日からは公的資金の機動的注入が施行予定だが、地域金融機関にはこれらによる経営立て直しや、地域活性化のための機能強化などが求められてくる。
B 河原専務が、県に提言してつくった地域版企業再生ファンド(茨城いきいきファンド)は、県が積極的に出資した全国初のものであり、各銀行も手弁当でやっており、近く成果を上げるだろう。
C 常陽銀行の不良債権処理は進んでおり、金融庁からも高い評価を得ている。これからは営業に力を入れていく。
D 県内法人事業所数は、実質45,000社とみているが、今後、不冴(元気のない)
企業の再生・再建支援に力を入れていく。再建計画の作成などにも、手を貸していく。
E 「破綻懸念先」は、金融再生法では「危険債権」とされ、常銀では、引当金処理をしているが、その大半は、「生きているし、生きてもらう。」認識で、再生に努めていく。行員にも徹底している。
F 県内のベンチャ−育成だけでなく、県外起業のベンチャ−を引き込む政策が必要だ。
G 地域内企業の連携強化を図り、企業経済における地産地消を考えるべきだ。「地域に流れてきたお金が幾筋もの小川になって滞留し、その岸辺で多くの人が働き生活してきた。」その連鎖が、構造転換の中で崩れてしまったが、それを再構築すべきだ。
 そのためには、行政と地域金融機関と協力し合って地域活性化策を講じていかなければならない。
 これら河原さんの意見に対して、私は、県の国への要望や、県議会の国への意見書で、物的保証や連帯保証に頼る融資慣行の是正策を求めていることに対し、銀行側から見た所見を聞きました。河原さんは、根保証、包括保証も含めて、保証のあり方が過剰にならないようにする必要を感じており、行員にもその旨を指示していると答えられました。
 今回のように、地域金融機関のトップの意見を聞くことができたのは、極めて有意義なことであり、議員や、執行部の政策立案能力の向上に大いに役立つものだと思っています。
 委員会後に、河原さんからの申し入れにより、非公式での意見交換をしました。これからの農業への取り組みに河原さんの持論が示されました。
 私が、何より嬉しく感じたことは、現在元気のない既存の事業者に対して、銀行トップの口から、「再生して生きていってもらう」と活性化支援の力強い言葉が聞けたことでした。
「産業を興し、育て、地域経済と生活を活性化する」という本来のバンカ−としての心意気を感じ取ることができました。
 これを機会に県民、行政、県議会、地域金融機関、経済界が、ともに話し合い、協力し合って「地域内資金循環の仕組み作り」をしていくべきでしょう。

 

(2004. 7.13)
■参議院選挙の県内投票率、3回連続全国最下位。何故なんだろう?(N0.68)

 7月11日に執行された参議院選挙は、さまざまな話題を提供しました。まだ余韻がさめやらない中ですが、私がもっとも気になっているのが投票率の低さです。
 今回は、全国平均は前回(13年)よりやや高い56.57%、本県平均はやや下がって50.07%でした。最近5回の参議院選では、4年がワ−スト1位、7年が同2位、その後が10年、13年、16年と3回続けてワ−スト1位の状況です。
 本県投票率の低さの理由を、ある新聞は、県民が裕福で政治に頼る意識が薄い地域だと分析していましたが、それほど説得力があるとは思いません。県選管も、アイデアを募集して、銀行ATMへの表示などを実行しましたが、銀行の切り替えの手間の大変さの割にどれほど功を奏したのかは分かりません。
 投票率は、他の選挙でも同じような状況です。過去5回の衆議院選挙では、いずれもワ−ストの順位で、平成2年が8位、5年が8位、8年が10位、12年が8位、15年が3位です。15年の投票率は、全国が59.86%、本県が55.95%となっています。
 知事選挙は、平成9年が31.87%でワ−スト9位、13年は実に29.93%でワ−スト5位です。
 では、県議選はどうかと見ますと、これも低下傾向が顕著です。戦後昭和22年からの15回の投票率では、最高が26年の85.12%、最低が平成14年の47.57%となっています。
昭和42年までは、常に男の方が高かった(前記の26年は、男が89.01%に対し、女は81.06%)が、それ以降はずっと女の方が高くなっています。
 そして何より驚くのは、昭和61年まではずっと70%をキ−プしてきた(61年は、70.90%)のに、平成に入ってから極端に低くなっているのです。2年が65.07%、6年が55.70%、10年が50.64%、14年が47.57%です。
 私が初出馬したのは10年ですが、このときの選挙区の投票率は、66.97%(友部町61.35%、岩間町65.48%、岩瀬町76.24%)でした。
 これら投票率の低落傾向は、全国的なものであるが故にゆゆしき問題です。民主主義の危機だといわれていますが、民主主義=選挙(1票行使)ではありません。選挙は、長い歴史の中で、意見の違う相手の頭をハンマ−でたたき割るよりはましな方法としてあみ出されたものです。
 現代において、民主主義を実現して社会の合意性を求めるのに、今でも選挙以上の方法が見いだし得ません。しかしながら、殆どの人が参加しない選挙では、選挙として成り立ちません。そこが、民主主義の擬制が成り立たなくなる制度の危機的状況なのです。
 リンカ−ンは、「大抵の人々は自分で決心した程度だけの幸福になれる。」と言いましたが、私は、常々、有権者は、自分で政治に関心を持って求めた分だけその恩恵を享受できると確信を持っています。   
 1票を通しての政治的意思表示こそが大事なのです。そして何より大事なことは、政治家や政党が、有権者の判断材料を分かりやすく提供して、その1票の積み重ねで、ここがこうなって、こう変わっていくんだと言うことを丁寧に説明することです。そういう対応ができなかったことが、投票離れを引き起こしていると私は思っています。深い反省をしなければなりません。
 場当たりの嘘をつかない誠実な行動が求められます。マニフェストの事後の検証こそが求められます。有権者に、ことあるごとに直接投票を呼びかけることも大事です。今回のように、浮動票ほしさに投票を呼びかけるのは、如何なものでしょう。
 投票することはあくまでも自分のためです。世の中は、政治が動かしているのが現実で、国民や、県民はその枠で生活することになるのですから。そして、とりもなおさず、その政治を動かすのは、有権者の1票1票なんです。
 私は、その当然のことを念頭に置いて、引き続きできる限り有権者へ判断材料となる情報提供に努めていきます。その一環が、このコ−ナ−でもあります。

 

(2004. 7.3)
■日本尊厳死協会の関東甲信越支部が設立され、役員に就任しました。健やかに生きるために、「尊厳死=安らかな死」を考えていきたい。(N0.67)

<写真:支部設立総会では、松根敦子支部長があいさつした。松根さんは、同協会の専務理事でもあり、中心となって活動してきた。両親、夫とともに入会し、夫は、本人の望む在宅医療でみおくった。「望む医療を望む場で」との願いを持って、活動しておられる。>
 同協会の関東甲信越支部(1都9県)の設立総会が、東京の一ツ橋ホ−ルで開かれました。私は、以前に紹介した、水戸市の知的障害者小規模作業所「ボイス社」の関係で知り合った南さんのご縁で、支部発足時の役員に就任しました。
 同協会は、任意団体ですが、1976年に産婦人科医師で、国会議員だった故太田典礼氏を中心に、医師、法律家、学者、政治家などの同志が集まって設立したもので28年の活動の歴史があります。
 自分の傷病が今の医学では治る見込みがなく、死が迫ってきたとき(不治かつ末期)には、自ら「死のあり方を選ぶ権利=自己決定権」を持とう、そしてその権利を社会に認めてもらおうというのが設立目的です。尊厳死運動は、人権確立の運動とも言えます。
 3月現在の全国の会員は、105,035人ですが、そのうち当支部は、半数以上の56,852人です。茨城県には、1,318人の会員がいます。
 協会では、会員が心身ともに健全なときに、終末期での医療についてあらかじめ自分の意思を表した書面「リビング・ウイル」(Living Will)を登録、発行しています。それを「尊厳死の宣言書」と呼んでいます。
 それには、次の記載がされており、本人が署名して、協会が保管して、本人、家族がコピ−を所持します。
@ 私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切おことわりいたします。
A 但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。
B 私が数ヶ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥ったときは、一切の生命維持措置をとりやめて下さい。
 この「宣言書」は、2003年の死亡者についての遺族へのアンケ−トでは、医師に提示したことによって、95.9%が尊重されています。
なお尊厳死と安楽死は、混同されがちですが、はっきり違います。尊厳死は、死にゆく過程を引き延ばすだけに過ぎない延命治療の中止を自分の意思で宣言し、その意思の尊重を要望するものです。従って、それによって患者が自然な死を迎えても、受容した医師は、罪には問われません。違法性がないからです。
 他方、安楽死は、助かる見込みが無く、耐え難い苦痛に苦しむ患者の要請等に応えて医師が医療行為で患者を早く死なせることです。医師は、殺人など法律に触れる行為です。
 協会では、尊厳死の法制化に努めており、6月8日に「尊厳死」についての議員立法を目指す「尊厳死法制化議員連盟」(仮称)が発足しました。超党派の国会議員22名が出席しました。来年の通常国会での成立を目指そうとしています。
 また厚生労働省は、治る見込みのないがん患者らの終末期医療のあり方を検討していましたが、6月23日同検討会は、延命治療の実施と中止の具体的手順を示すガイドラインを専門医学会が作るべきだとする報告書をまとめました。
 その中では、患者や家族の意思確認方法などについて、明確な社会的合意が必要だとしています。 また、在宅で最後を迎えられる体制づくりや、緩和ケア病棟の拡充も提言しています。
 厚生労働省が昨年実施した意識調査では、自分が痛みを伴う末期患者になったとき、単なる延命治療はやめたいと望む人は、74%。一方延命治療中止に明確な判断基準がないことなどから、終末期医療に悩みや疑問を感じる医師は、86%、看護師は91%に上ったそうです。(報告書に関する部分からここまで、04.6.24茨城新聞より引用。)
 前記の法制化でも、社会的合意性を詰めていくものと思っています。安らかな死を得る権利の実行に向けて、医療や、介護保険のあり方も含めて、広い議論がされていく必要があります。そのことが、とりもなおさず、健やかに生きることを考えることであり、社会制度のあり方を考えることになるのですから。
日本尊厳死協会の会費は、1年間、1人3,000円です。
? 03−3818−6563 にお問い合わせ下さい。

 

(2004. 7.1)
■県立中央病院が女性のための新外来診療を開設。7月1日から女性コンチネンス外来、7月14日から女性心身外来が開始されます。(N0.66)

「女性コンチネンス外来」は、尿失禁や排尿障害に悩む女性の診察、検査を行い、症状に応じた治療や指導を行うものです。「コンチネンス」とは、「排泄をコントロ−ルする能力」という意味です。
 私は、お産後や、加齢期の尿失禁が女性にとって深刻なことだと聞いていましたが、恥ずかしさで一人で悩んでいたりした女性には朗報です。
診療は、泌尿器科の男性医師が行いますが、検査や体操の指導などは、女性の看護師が行います。
「女性心身外来」は、女性の心と身体の診療を行います。月経困難症、月経不順、更年期等の折りに女性に起きる様々な問題について、女性の産婦人科医師が診療を行います。
 いずれの診療も完全予約制で、電話で予約可能です。女性の皆さんに教えてあげてください。
 中央病院へ女性専門外来設置の検討がされていますが、当面は、こういう形で始めるということでしょう。女性に配慮した外来開設ですが、この件については、2日前に、私に同病院の事務局から情報提供がありました。これまで、私は、中央病院の充実のために、県議会の中で精一杯努めてきましたが、病院側からは、一度として反応を示すこともなく、なかんずく今回のような情報提供などありませんでした。
 女性にばかりでなく、地元県議会議員にも配慮した病院事務局の体制の変化でしょうか。いずれにしても喜ばしいことです。
 国立水戸病院が茨城町の桜の郷にこの10月に移転することにより、約10?強の圏内に同病院、済生会水戸病院と中央病院が全く同じ500床の規模で、3つの病院がトライアングル状に配置することになります。いずれの病院も患者の確保に躍起にならざるを得ません。
 私は、国立水戸病院を水戸市外へ誘致したのは県の政策の失敗だと思っていますが、その事については、後日触れることにします。
 私は、地元の宝物である中央病院が、これまで以上に、地元や県民のための病院として貢献していくために、今後とも全力を傾けます。まずは、中央病院が生き残らなければなりません。

 

(2004. 6.28)
■「ご近所の底力再生事業推進県民大会」に参加。この会場の熱気を、県政の難問解決に生かせ!(N0.65)

 標記の長いタイトルの大会が、県民文化センタ−で開かれました。約2500人の参加希望者があったそうで、大ホ−ルでは入りきれず、小ホ−ルまで使って収容しました。私の地元の友部町からも、桑野区長会長さんたち40人が参加していました。お会いできませんでしたが、岩間町、岩瀬町の皆さんも参加されたと聞いています。
 NHKの番組<難問解決!ご近所の底力>の堀尾正明アナウンサ−の基調講演も集客力に威力を発揮したようです。堀尾さんは、自分の番組のコンセプトを「プロジェクトX」にちなんで、隣近所でみんなで何かをやり遂げようとする「地域のプロジェクト」であり、古き良き日本の長屋的発想を復活させようという番組だと言っていました。
 同氏の言葉を借りれば、マイホ−ムの夢を手に入れた代わりに、「家族」という最小限のユニットに閉じこもってしまって、隣近所との付き合いを捨ててしまった現代は、大きな課題を抱えています。
 このままではいけないと思う人たちが、どの地域にもたくさんいます。人と人とのふれあいに渇きを覚えている人たちや、連帯を必要としている人たちも多いのです。そういう人たちが、同番組を見て「そうだ、そうだ」と自分事としてみているのが視聴率を押し上げているのだと思います。
 県では、今年度の新規事業として、同番組をモデルに、そのままの名前を使って「ご近所の底力再生事業」を実施しています。私は、3月議会の予算特別委員会でただ一人この事業を取り上げて橋本知事に質問をしました。
 私は、従来の行政だけではどうにもならないことを、行政と住民などがともに連携を図りながら(協働)解決していく「行政革命」の時代だと述べました。橋本知事は、この事業に本気で取り組む意向を示しました。私の言う「道普請=みちぶしん」文化の普及と考えを同じにしています。
 そういうことがあり、私は、今回県議会議員としての招待はないため、個人として希望して参加したのです。どうしても、賛同して参加した皆さんの熱気をじかに感じておきたかったからです。
 大会は、講師の選定も良く大成功だったと思います。この輪が県内にどんどん広がって欲しいものです。私もそのつもりで力を注ぎたいと思っています。
 ただ、こういう大会には、県議会議員を参画させるべきだと思っています。議員こそ、住民ともっとも身近に接触していて、宣伝力も大きいのですから、県民運動にその力を使わないのは、惜しい限りですし、もったいないことです。議員側でも、残念だと思っている人は多いと思います。今後は、一考を期待しています。
 それにしても、会場の狭さが気になりました。300万人の茨城県なのですから、せめて、各種全国大会が開催できる5000人規模のホ−ルは欲しいものですね。

 

(2004. 6.27)
■剣道の親善合同稽古会に大勢の豆剣士らが参加。町田先生や関係者の青少年育成にかける情熱に心を打たれました。(N0.64)

<写真:子供たちに丁寧に稽古を付ける町田先生。齢80才と聞きますが、現役のかくしゃくとした師範です。>
 岩間町剣友会、岩間町剣道スポ−ツ少年団(町田正夫会長さん)は、毎年近隣市町村の剣道場などを招待して、親善合同稽古会を開催しています。私は、顧問をしていますので、必ず出席することにしています。
 今回も、300人を超える小・中学生や年少の豆剣士たちが、参加しました。
町田正夫会長、佐々木昭師範はじめ、たくさんの師範たちが世話役となって、この会を実現していました。
 みんな子供たちがすくすくと育つように願う一心でやっています。こういうことが、次の日本を、世界をつくる大本になっていくんですね。皆さんご苦労様です。

 

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